鈴木中人の紹介

posted in: 鈴木中人の紹介 | 0
プロフィール
1957年愛知県生まれ。81年デンソー入社。92年、長女の小児がん発病を機に、小児がんの支援活動やいのちの授業に取り組む。2005年、会社を早期退職して、いのちをバトンタッチする会を設立。2009年、ライフクリエイト研究所を設立。

いのちのバトンタッチをテーマに、いのちの輝き、家族の絆、生きる幸せ・働く喜び、良き医療などを、いのちの授業として全国に発信する。

いのちの授業や研修は、30万人が感動し、小学校・道徳の教科書にもなる。

定期購読誌「いのちびと」の編集、小児がん支援プロジェクト、ドキュメンタリー映画「四つの空 いのちにありがとう」のプロデュースなどにも取組む。

いのちの授業 鈴木中人

・毎日新聞「ひと」紹介(2019年)
・毎日新聞「発言」(2017年)
・朝日新聞「ひと」紹介(2014年)
・テレビ寺子屋出演(2010年、2012年)
・NHKテレビドキュメンタリー放送(2009年)
・NHKラジオ深夜便こころの時代出演(2004年、2008年)

いのちの授業 鈴木中人
1957年愛知県生まれ。81年デンソー入社。92年、長女の小児がん発病を機に、小児がんの支援活動やいのちの授業に取り組む。2005年、会社を早期退職して、いのちをバトンタッチする会を設立。2009年、ライフクリエイト研究所を設立。いのちのバトンタッチをテーマに、いのちの輝き、家族の絆、生きる幸せ・働く喜び、良き医療などを、いのちの授業として全国に発信する。いのちの授業や研修は、30万人が感動し、小学校・道徳の教科書にもなる。定期購読誌「いのちびと」の編集、小児がん支援プロジェクト、ドキュメンタリー映画「四つの空 いのちにありがとう」のプロデュースなどにも取組む。

・毎日新聞「ひと」紹介(2019年)
・毎日新聞「発言」(2017年)
・朝日新聞「ひと」紹介(2014年)
・テレビ寺子屋出演(2010年、2012年)
・NHKテレビドキュメンタリー放送(2009年)
・NHKラジオ深夜便こころの時代出演(2004年、2008年)

私と「いのちの授業」
私は、元々は地元の会社に勤めるサラリーマンでした。
社内結婚した妻と二人の子どもをと、どこにでもいる普通の家族として暮らしていました。
突然、人生のまさかが襲いました。長女・景子が小児がんを発病したのです。景子三歳、私は三十四歳でした。
人生の当たり前が崩れました。
子どもは成長するする存在から、死ぬかもしれない存在に。
一緒に暮らす家族はバラバラに。
働き盛りの仕事は、闘病と育児のやり繰りの毎日に。景子は、約三年間闘病して亡くなりました。必死の祈りも叶わずに…。いのち、死ぬ、生きる、家族、働く、良き医療、幸せ、運命とは何だろうか。
苦悩と涙の中で、何回も何回もそう思いました。

十年後、何のあてもなく会社を早期退職して「いのちの授業」を始めました。
景子が遺してくれた「いのちのメッセージ」をバトンタッチしよう、ただそれだけの思いです。四十七歳でした。

超零細一人稼業になって、人生の情景も随分と変わりました。
たくさんの「いのちの体験と出逢い」が積み重なりました。
そして、「生きる」が一本の糸として紡がれていきました。

「いのちに思いをはせて、自分の生き方・働き方をみつめてみよう。
本当に大切なことに気づき、幸せになるためのヒントがきっとある―」

亡き娘、そして、たくさんの方から「いのちの思い」を託されました。
その思いを、「いのちの授業」を通じてバトンタッチさせていただきたいと願います。

いのちの授業 鈴木中人

いのちの授業 鈴木中人

私は、元々は地元の会社に勤めるサラリーマンでした。
社内結婚した妻と二人の子どもをと、どこにでもいる普通の家族として暮らしていました。
突然、人生のまさかが襲いました。長女・景子が小児がんを発病したのです。景子三歳、私は三十四歳でした。
人生の当たり前が崩れました。
子どもは成長するする存在から、死ぬかもしれない存在に。
一緒に暮らす家族はバラバラに。
働き盛りの仕事は、闘病と育児のやり繰りの毎日に。

景子は、約三年間闘病して亡くなりました。必死の祈りも叶わずに…。

いのち、死ぬ、生きる、家族、働く、良き医療、幸せ、運命とは何だろうか。
苦悩と涙の中で、何回も何回もそう思いました。

十年後、何のあてもなく会社を早期退職して「いのちの授業」を始めました。
景子が遺してくれた「いのちのメッセージ」をバトンタッチしよう、ただそれだけの思いです。四十七歳でした。

超零細一人稼業になって、人生の情景も随分と変わりました。
たくさんの「いのちの体験と出逢い」が積み重なりました。
そして、「生きる」が一本の糸として紡がれていきました。

「いのちに思いをはせて、自分の生き方・働き方をみつめてみよう。
本当に大切なことに気づき、幸せになるためのヒントがきっとある―」

亡き娘、そして、たくさんの方から「いのちの思い」を託されました。
その思いを、「いのちの授業」を通じてバトンタッチさせていただきたいと願います。

主な活動

・特定非営利活動法人いのちをバトンタッチする会代表
㈱ライフクリエイト研究所 代表取締役

・三重大学医学部 非常勤講師
・名古屋市立中央看護専門学校 非常勤講師

・厚生労働省 がん対策推進協議会委員
・国立病院機構名古屋医療センター 研究倫理審査委員
・名古屋陽子線治療センター 運営会議委員
・公益財団法人がんの子どもを守る会 東海支部代表幹事 評議員

・愛知県 命を大切する教育研究会委員(2006年)
・名古屋市 がんに関する学習補助教材策定委員会委員(2014年)

著書

・「子どものための『いのちの授業』~小児がんの亡き娘が教えてくれたこと」(2019年 致知出版社)
・「大人のための『いのちの授業』~小児がんで娘を亡くした私が伝えたいこと」(2017年 致知出版社)
・絵本「6さいのおよめさん」(2014年 文屋、サンクチュアリ出版)
・「人生のそのときに心に刻む10のこと」(2011年 致知出版社)
・「6歳のお嫁さん~亡き娘から託されたいのちの授業」(2009年 実業之日本社)
・「いのちのバトンタッチ」(2003年 致知出版社)
・小学校 道徳教科書「みんなのどうとく3年」「みんなの道徳6年」(学研教育みらい)

主な受賞

・こころを育む総合フォーラム「中部ブロック大賞」(2012年)
・名古屋キワニス会 社会公益賞(2011年)
・浄土宗 共生地域文化大賞「共生賞」(2008年)
・財団法人ソロプチ二スト日本財団 社会ボランティア賞(2007年)
・財団法人愛銀教育財団(2007年)

▶︎ ライフクリエイト研究所について

いのちのメッセージ

posted in: 鈴木中人の紹介 | 0
私と「いのちの授業」

私は、元々は地元の会社に勤めるサラリーマンでした。
社内結婚した妻と二人の子どもと、どこにでもいる普通の家族として暮らしていました。
突然、人生のまさかが襲いました。

長女・景子が小児がんを発病したのです。景子三歳、私は三十四歳でした。
人生の当たり前が崩れました。
子どもは成長するする存在から、死ぬかもしれない存在に。
一緒に暮らす家族はバラバラに。
働き盛りの仕事は、闘病と育児のやり繰りの毎日に。

景子は、約三年間闘病して亡くなりました。必死の祈りも叶わずに…。

いのち、死ぬ、生きる、家族、働く、良き医療、幸せ、運命とは何だろうか。
苦悩と涙の中で、何回も何回もそう思いました。

十年後、何のあてもなく会社を早期退職して「いのちの授業」を始めました。
景子が遺してくれた「いのちのメッセージ」をバトンタッチしよう、ただそれだけの思いです。四十七歳でした。

超零細一人稼業になって、人生の情景も随分と変わりました。
たくさんの「いのちの体験と出逢い」が積み重なりました。
そして、「生きる」が一本の糸として紡がれていきました。

いのちに思いをはせて、自分の生き方・働き方をみつめてみよう。
本当に大切なことに気づき、幸せになるためのヒントがきっとある―。

亡き娘、そして、たくさんの方から「いのちの思い」を託されました。
その思いを、「いのちの授業」を通じてバトンタッチさせていただきたいと願います。

「いのちの授業」の思い

人生とは、「いのちの旅」をする―ことです。

みんな、生まれて、生きて、死んでいきます。
たくさんの人と関わりながら、いのちに向き合います。
そして、ときに涙を流しながら、いのちへの思いを重ねます。 

死とは、何だろうか?
いのちとは、何だろうか?
家族とは、何だろうか?
どう生きたら、よいのだろうか?

答えは、直ぐには見つかりません、一つだけでもありません。
でも確かなことがあります。
いのちへの思いを重ねてこそ、本当に大切なことに気づき、幸せになれるのです。
それが、「いのちの旅」です。

さあ、「いのちの旅」を始めよう。
ゆっくりでいい、転んでもいい、迷ってもいい。
その一歩一歩が、きっと、生きる力になってくれます。

みんなで心を一つにして、「いのち」をみつめてみませんか。
あなたと、あなたの大切な人に、いのちの思いをバトンタッチさせてください。

「いのちの授業」で届けたい「いのちのメッセージ」

いのちのバトンタッチ

愛されている「いのち」
限りある「いのち」
支えられている「いのち」
かけがえのない「いのち」
つながっている「いのち」
自分だけのものでない「いのち」
大切な自分の「いのち」、大切な仲間の「いのち」

あたりまえにある「いのち」は、「きせき」なんだ
むだな「いのち」なんてひとつもないんだ

だから「生きる」んだ

生き抜く、支え合う、ありがとう、笑顔を大切にしよう
限りある命をどう使うか、問いかけよう
絶対、親より早く死んではいけない!

「絶対、親より早く死んではいけない」の思い

ある小学校で、いのちの授業をしました。

景子のことを話したあと、子どもたちに感じたことをインタビューします。
一人の男の子にマイクを向けると、緊張したのでしょうか、突然、泣き出してしまったのです。
ずっと涙が止まりません。「とっても感動したんだよね」と、先生が話しかけます。
男の子は、「うん」とうなづいて、先生に抱きつきます。感情豊かな子だと、私は思いました。

二週間後、子どもたちの感想文が届きました。ある感想文に先生のメモが添えられています。

この子は、授業で泣いてしまった子です。6年生ですが、ほとんど漢字を書けません。
いつも無口なので、何を考えているかと心配していました。
この子の気持ちを知って胸が熱くなりました。
職員室で話すと、みんなが涙を流しました。

平仮名ばかりの感想文です。読み終えたとき、私も涙がこぼれました…。

おやこうこうしようとおもっても、ぼくは なんのとりえもありません。
かあさんととうさんに いつもめいわくをかけています。
なにかないかとかんがえたら かあさんととうさんよりも はやくしなない
にしました。だから ぼくはがんばっていきていこうとおもいました。

この子は、たとえ漢字は書けなくとも、とても大切なことを心に刻んでくれました。
親より早く死なない! 生きよう!と。
なぜでしょうか。
この子を愛してくれた、支えてくれた、お父さん、お母さん、先生、大人がいたからです。

親より早く死んではいけない

それは、いのちを大切にする思いが一つに凝縮されたものです。
そう実感できるとき、子どもの心には確かな思いが芽吹いています。
自分が「愛されている」「支えられている」
家族と「つながっている」
いのちは「かけがえがない」
いのちには「限りがある」
これこそが、「いのちの実感です」
いのちを大切にするとは、この感性を育むことではないでしょうか。

「愛されている」「支えられている」「つながっている」「かけがえがない」「限りがある」。
そのことを、あなたの思いとともに子どもに語ってあげてください。
きっと、子どもの心に感じてくれます。

「限りある命を、どう使うか」

東日本大震災の被災地での講演会に伺いました。
生命保険関係の会です。講演後、その代表の方が涙を流しながら言われます。

あの震災で、仲間がたくさん死にました。
でも僅かしか、保険を払えませんでした。もちろん、お金で命は救えません。
でも、せめてお金があれば、遺された人の生活は再建できたはずです。
なぜ、もっと必死で保険を勧めなかったのか、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

今、その方は、必死で保険を勧めています。
あなたの仕事は何ですか?
以前のその方は、「保険を売っています」。
今のその方は、「いのちを支え守る仕事をしています」と答えられるでしょう。
私たちは、全て「いのちを支守る仕事」をしているのです。
食品・農業は、食で命を育みます。
建設業は、社会の生命財産を守ります。
流通・小売り業は、生活の営みを支えます。
金融・製造業は、そのサービスと製品を通じて社会に貢献します。
行政・医療介護は、いのちのセーフティーネットです。
教育は、いのちを育みます。
その一つが欠けても、いのちを支え守ることはできません。
モチベーション、それは誰かが高めてくれるものではありません。
自分で自分の仕事をどう意味づけるか、それで決まるのです。
「使命」。「命」を「使」うと記します。
限りある自分の命をどう使うか。
そう問いかけてこそ、本当の「使命」が芽吹くのです。
ぜひ、いのちに向き合い、問いかけてください。
きっと、あなたの心の根っこを深めてくれます。

「いのちのバトンタッチ」の思い

いのちのバトンタッチは、いのちの授業のテーマであり、会の名称です。
実は、その命名の原点は青木新門さんです。
青木さんは、映画「おくりびと」のモデルと言われる方で、ベストセラー「納棺夫日記」の著者です。
2000年頃、私は、長女・景子の死をどう意味あるものにするかを求めていました。
そんなとき、青木さんとの出会いがありました。東京・早稲田の喫茶店で、小さな囲む会。
私が子どもを亡くしたことをお話しすると、ある詩を詠んでくれました。

いのちのバトンタッチ
人は必ず死ぬから、いのちのバトンタッチがあるのです
死に臨んで先逝く人が「ありがとう」といえば
残る人が「ありがとう」と応える
そんな一瞬のバトンタッチがあるのです
死から目をそむけている人は、見そこなうかもしれないが
そんないのちのバトンタッチがあるのです

「景子が、いのちのメッセージを遺してくれている。いのちのバトンを託してくれている。それを、私の体験として語ることでバトンタッチしていこう」。
それが「いのちの授業」のはじまりです。
2005年、会社を早期退職して「いのちの授業」の活動を始めました。
会の名称に、「いのちのバトンタッチ」の思いを込めたい旨を青木さんにお願いしました。
青木さんから「どうぞどうぞ、喜んで」とのエールをただきました。
そして、「いのちをバトンタッチする会」と命名しました。
みんな、託し託された「いのちのバトン」があります。
自分の体験と思いを、「いのちのメッセージ」として、自分の言葉で語り継いで参ります。

「いのちのつながり」の思い

「景子ちゃんに会えた気がする人は、手を挙げてください」いのちの授業の最後に、この質問をします。
子どもも、おとなも、たくさんの人が手を挙げてくれます。
そんなとき、つぎのようにお話しします。

私たちは、生きていく中で、大切な人を必ず亡くします。
死んだ人とは、会うことも話すことも絶対にできません。
しかし、その人に会えたような気がすることがあります。それは、なぜでしょうか。
いのちには、体のいのちと心のいのちがあるからです。
体のいのちはいつか終わります。
しかし、心のいのちは、思いとなって永遠につながっていくのです。
いのちを大切にするとは、体のいのちは健康を保つこと、心のいのちは、強い思いを抱き行動することです。

*単行本「6歳のお嫁さん」より

 

「いっしょに」の思い
みんなにとって・・・
大切なものって・・・なに?
本当の「ワタシ」って?
本当の「トモダチ」って?
あたりまえにある「いのち」は、きせきなんだよ、
ひとつもむだな「いのち」なんてないんだよ。
だから「いきる」んだ。
ひとつしかないこの「ちきゅう」で
いっしょに「わらって」
いっしょに「あるいて」
いっしょに「いきる」ひとつしかないこの「ちきゅう」で
いっしょに「あいして」
いっしょに「そだてて」
いっしょに「いきる」このちきゅうで「いきる」

いのちあふれる地球

*「いのちの授業」の映像挿入メッセージより

ライフクリエイト研究所の概要

posted in: 鈴木中人の紹介 | 0
事業内容

企業・団体・行政・学校などにおいて、講演やセミナーを通じて、「いのち」「生きる幸せ、働く喜び」をキーワードに人材の育成をします。「人間教育」「自己革新」「ワークアンドライフバランス」「メンタルヘルス」「モチベーション」教育として、企業版いのちの授業として、企業・団体・労働組合などで開催されています。
また、いのち・家族・ライフに係る関係諸事業を展開します。

・講演やセミナー等の企画、運営、管理
・講演やセミナー等への人材派遣
・調査研究、情報収集、提供
・映像、画像、音楽、出版物、物品等の企画、制作、販売、管理
・関係事業の支援、経営

いのちの授業 いのちの授業 いのちの授業
いのちの授業

いのちの授業

いのちの授業

 

組織概要
社名 株式会社ライフクリエイト研究所(2009年9月設立)
代表取締役 鈴木 中人
所在 〒471-0868
愛知県豊田市神田町1-8-8
電話/FAX 0565-31-4399
メール life-ken@hm10.aitai.ne.jp

 

活動実績

●講演、セミナー等
・大手化学会社 ・大手電子部品会社 ・大手製薬会社 ・大手通信会社 ・電力会社 ・大手建設会社 ・大手生命保険会社 ・大手新聞社 ・銀行 ・信用金庫 ・労働組合 ・医療介護等の社会福祉法人 ・自治体 ・各種学校 ・教育研修団体 ・経営者セミナー 等

●映像等の企画、制作
・ドキュメンタリー映画の制作企画等


▶︎ プライバシーポリシー